茨城県大子町の老舗建設会社が語る、翻訳アプリの限界と「通訳を介したLINE電話」という選択
建設現場で外国人材を受け入れる際、多くの企業が最初にぶつかるのが「言葉の壁」です。翻訳アプリを使えばなんとかなる―そう考える方も少なくないかもしれません。
茨城県久慈郡大子町に本社を置く海老根建設株式会社は、大正5年創業の老舗建設会社です。道路工事や法面工事を主力とし、従業員34名のうち2名がミャンマー出身の技能実習生。2026年2月には、茨城県外国人受入優良企業等認定制度の第1回認定企業にも選ばれました。
同社が外国人材の受入れにおいて重視しているのは、「重要なことは必ず通訳を介して伝える」という原則です。翻訳アプリの限界を現場で痛感したことが、その出発点でした。通訳を軸にしたコミュニケーション体制から安全教育、生活支援、評価制度まで、同社の取組を取材しました。


外国人材の採用に至った経緯
同社が外国人材の採用に踏み切ったのは、監理団体を通じた情報収集がきっかけでした。
また、県の主催する就職面接会に参加した際には、留学生が大型バス2台で来場する規模を目の当たりにし、外国人材の日本での就労への関心の高さを実感したといいます。複数の候補国の中からミャンマーを選んだ背景について、担当者はこう語ります。
「宗教上必要な配慮が少ない、文化が日本に近い、日本語を覚えやすい言語…それでミャンマーにしました。」
現在は、ミャンマー出身の技能実習生2名を受け入れています。
「翻訳アプリでは伝わらない」-通訳を介したLINE電話で重要事項を正確に伝達
外国人材とのコミュニケーションで、同社がまず直面したのは翻訳アプリの精度の問題でした。
「スマホの翻訳アプリを使っても、やっぱりきちんとは翻訳されてなくて、間違って伝わっていることがかなり多い。」
日常的な会話であれば翻訳アプリで事足りる場面もあります。しかし、契約内容や就業条件、安全に関わる指示など、誤解が許されない情報の伝達では、翻訳アプリの誤訳が深刻なリスクになり得ます。
そこで同社が採用したのが、監理団体を経由して通訳をLINE電話に接続し、重要事項を伝える運用です。
「絶対に、間違って伝わってしまっては困るようなことは、通訳さんを交えてLINE電話で伝えています。」
この運用は、契約時や就業条件の説明だけでなく、日常業務の中で重要な連絡が発生したときにもすぐに使えるのが強みです。監理団体に連絡すれば通訳が対応し、その場でLINE電話を通じて三者間のやり取りが成立します。
雇用契約書はミャンマー語と日本語の併記で作成し、通訳同席のもとで内容を説明しています。入国後には研修センターで約1ヶ月間の研修があり、税金や社会保険、労働基準法などについての説明を受けるとのことです。
建設現場の安全教育-雨天時の動画活用と「前よし後ろよし」の合言葉
厚労省コンテンツを雨の日に視聴する現場の工夫
建設業は天候に左右される仕事です。同社では、雨天で現場作業ができない日を学びの時間に変えています。
「大雨が降った時は、ここで日本語の勉強をしています。動画を見せたりして。」
活用しているのは、厚生労働省が提供する建設業向けの安全教育コンテンツです。
「厚生労働省のYouTubeがあるので」
公的機関が整備した教材を、現場の状況に合わせて柔軟に活用している好例です。雨の日を「作業ができない日」ではなく「安全と日本語を学ぶ日」に位置づける運用は、他の建設会社でも参考になるのではないでしょうか。


新規入場者教育とピクトグラムによる標識理解の補完
新しい現場に入る際には、新規入場者教育として現場の特性や危険箇所の説明を行います。ただし、現場の安全標識は多言語化されていないことがほとんどです。
「元請さんの方で、多言語化をしていないことがあります。ピクトグラムがあっても、多言語化はされていないんです」
そのため、初期教育の段階でピクトグラムの意味を一つひとつ教え、標識が読めなくても絵柄から危険を理解できるようにしています。
「意味がわかるぐらいには初期教育をしています。新規入場者教育というものがあるので、初日に初期教育をしています。」
自社だけでは対応しきれない部分を、教育の工夫で補完するという現場判断が窺えます。
重機試験は事前学習と土場練習で「全員一発合格」
技能実習の到達目標の一つに、重機操作の習得があります。同社では、重機の資格試験に向けて事前学習、社内の練習場での実地練習、筆記試験対策をセットで実施しています。
「重機の試験があるのですが、事前に学習してから連れて行きますので、今のところ、全員一発合格しています。」
安全確認の場面では、日本語のフレーズをそのまま使って声に出す訓練も行われています。
「前よし後ろよし右よし左よし。これ日本語でやるんですよ。」
安全確認の合言葉を日本語のリズムで体に染み込ませる。言語の壁を「翻訳」ではなく「反復と体得」で越えるこの方法は、建設現場の安全教育ならではの知恵です。実習計画は入社時に説明し、班長や上長が日々の進捗を管理。3年間で重機操作をマスターする目標に対し、担当者は「もうすでにマスターしちゃってるんですよね」と手応えを語ります。


生活支援の工夫-寮ルールのミャンマー語完全掲示と、社内規定の通訳補完
炊飯から節電まで、寮の掲示物はミャンマー語で網羅
同社では、社宅の生活ルールをミャンマー語で詳細に掲示しています。ご飯の炊き方、エアコンの温度設定、お風呂で髪を切らないこと、使わないときは元栓を閉めること、食べ残しの扱い、ガス代・電気の節約―こうした日常の細かなルールがすべてミャンマー語で記載されています。
社宅は職場から近い場所に確保しており、Wi-Fiの無料提供や自転車の貸与なども行っています。社宅の近くに会長の自宅があり、ゴミ出しの曜日や分別の仕方、自転車は道路に出てから乗ることなど、日常的な生活ルールについても声をかけてくれるとのこと。企業としての制度的な支援に加え、地域の中での見守りが自然に機能している環境です。
宗教・食文化は「個人差に合わせる」柔軟な対応
宗教や食文化への配慮も、一律のルールではなく個人への確認を重視しています。
「豚肉や卵がダメなのか、しつこく聞いたのですが、でも、全く気にしないっていうことだったので。会社が頂いたお歳暮のハムとかも渡したりとか。」
礼拝が必要な場合に備え、祈りのためのマットを2セット購入し、空いている施設を貸し出せる体制も整えています。現在の実習生は特に宗教的な制約がないとのことですが、今後新たに受け入れる人材に合わせて柔軟に対応できるよう準備している姿勢が印象的です。
相談体制と定着支援-複数チャンネルで「困りごと」を拾う
社内の相談窓口を担っているのは、建設ディレクター課の金澤氏です。監理団体が月1回訪問して面談を行い、必要なときにはその場で通訳をLINE電話に接続する体制を取っています。
「監理団体が月に1回訪問するので、その時にその方を通して通訳さんに繋いでもらっています。ほとんど悩みはないって答えてますけど。」と金澤氏。
「重要なことは、LINE電話で繋いで通訳さんに話してもらったり…相談できる体制にはなってるかなと」
生活面のサポートも欠かしません。体調を崩した際の病院同行や診断書の取得支援なども行っています。また、県の国際交流協会から提供される災害情報の案内などを社宅に掲示しています。社内の相談体制に加えて、外部の公的な窓口も活用することで、外国人材が困ったときの選択肢を広げる取組です。


評価制度と今後の展望
年1回の評価と特定技能移行への意向
同社では、必要能力一覧表と人間力に関する項目(判断力・対応力・コミュニケーション力・前向きさ等)を用いた評価を年1回実施しています。通訳を介して本人に自己評価を提出してもらい、一次評価は上司が行い、最終的に社長が面談して決定します。
日本語能力試験N3の取得を目標として設定し、将来的には特定技能への移行も支援したいとの意向があります。資格を取得した際には資格手当も付与しています。
ミャンマーからの新規受入れが困難に-インドネシア特定技能への方針転換
今後の採用については、ミャンマーからの新規の人材受入れが困難になったことを受けて、方針の転換を進めています。
「ミャンマーから出国できない。残念ながらミャンマーは諦めました。今後はインドネシアの特定技能を進めることになります。」
関連する協会への加入手続きを始め、現地の教育機関とのパイプ形成も視野に入れています。これまでミャンマー人材の受入れで培った通訳運用や生活支援のノウハウを、新たな国籍の人材にも応用していく考えです。

海老根建設株式会社の取組ポイントまとめ
建設現場で外国人材を受け入れる企業が、自社の体制整備に取り入れられるポイントを整理します。
- 重要事項の伝達は翻訳アプリに頼らず、監理団体経由で通訳をLINE電話に接続して正確性を確保する
- 雇用契約書は母国語と日本語の併記で作成し、通訳同席のもとで説明する
- 雨天で現場作業ができない日を、厚労省の安全教育動画や日本語学習に充てる
- 安全確認の合言葉(「前よし後ろよし右よし左よし」等)は日本語のまま反復して体得させる
- 重機の資格試験には、事前学習・実地練習・筆記対策のセットで臨む
- 寮の生活ルールは母国語で具体的に掲示する(炊飯方法、エアコン温度、節電ルール等)
- 宗教・食文化の配慮は一律ルールではなく、本人への個別確認を丁寧に行う
- 社内メンターと監理団体の定期訪問を組み合わせ、相談チャンネルを複数確保する
- 評価制度を整備し、通訳を介して本人にも内容を伝える仕組みをつくる
担当者の声
取材を通じて印象に残ったのは、同社の担当者が、月1回の面談で通訳を介して実習生の声を聞き続けていることでした。
「ほとんど悩みはないって答えてますけど」という言葉の裏には、相談しやすい環境を維持するための地道な積み重ねがあります。
通訳運用や安全教育の仕組みは、一朝一夕にできあがったものではありません。現場の課題に一つずつ対応してきた結果が、今の体制につながっています。これから外国人材の受入れを検討する企業にとって、同社の取組は実践的な手がかりになるはずです。
外国人材の採用・受入れでお悩みの企業様へ
同社のように、外国人材の受入れには通訳体制の構築、安全教育の整備、生活支援の多言語化など、さまざまな実務的課題が伴います。
茨城県外国人材支援センターでは、外国人材の採用や受入体制の整備について、専門のアドバイザーが無料でサポートしています。在留資格の選定から採用活動の進め方、受入れ後の定着支援まで、企業の状況に合わせた助言が可能です。